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高松地方裁判所 平成7年(ワ)30号 判決 1996年2月29日

原告

右訴訟代理人弁護士

小林正則

東京都中央区<以下省略>

被告

山一證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

佐長彰一

関谷利裕

主文

一  被告は、原告に対し、金五二万八〇〇〇円及びこれに対する平成七年六月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  原告勝訴部分は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金一〇五万六〇〇〇円及びこれに対する平成七年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

第二事案の概要

一  本件は、証券会社である被告の従業員の勧誘による原告とのワラント取引において、ワラントを購入した原告が、被告に対し、右従業員にはワラントの説明・確認義務違反、適合性の原則違反があるので不法行為を構成すると主張し、購入代金相当額九六万円と本件訴訟のための弁護士費用相当額九万六〇〇〇円の損害を被ったとして損害賠償を請求している事案である。

二  争いのない事実等

1  被告は、有価証券の売買、有価証券オプション取引及び外国市場証券先物取引等を目的とする証券会社であり、B(以下「B」という。)は、平成六年四月末ころに転勤するまで、被告の高松支店に勤務していた登録外務員である。(争いがない)

2  平成二年夏ころ、被告の高松支店から予め原告の承諾の下に、原告の勤務先に株式情報がファックスで流されてくるようになった。原告は、右ファックスを読んでいるうち株式に興味を覚え、同年九月ころ、同支店に対し、株式の取引を依頼した。その際、Bが原告の担当者となった。(証人B、原告本人)

3  その後、右の依頼に基づいて、株式、投資信託及び転換社債の取引がなされた。(甲一、証人B、原告本人)

4  平成三年六月一四日、Bにより原告名義で別紙目録記載のワラント(以下「本件ワラント」という。)の買付(以下「本件取引」という。)がなされている。(争いがない)

三  本件取引の経緯等についての当事者の主張

(原告)

1 前記ファックス情報により株式取引をやってみたいと思うようになった原告は、平成二年九月ころ、被告高松支店において、Bに対し、「一〇〇万円を被告に預けるからその一〇〇万円で株式を売買して運用してくれ。銘柄の選択、売買の時期等はあなたに任せる。」といって株式の取引を依頼し、一〇〇万円を交付して株式売買を一任した。

2 その後、Bに右金員の運用が任され、Bからは、週一、二度、「……の銘柄を買いました。」「……の銘柄を売りました。」といった電話での事後報告があるだけであった。被告から送付されてくる売買報告書には、株式以外の取引もあったが、いずれも短期で売買され、値動きもさほどでなかったため、原告は黙認してきた。

3 そして、一任売買の流れを受けて、平成三年六月一四日ころ、Bは「コウベセイコウを買いました。」と電話連絡してきたが、それが、いかなる種類の証券かの説明は全く受けなかった。原告は、株式か転換社債か投資信託だと思っていた。

4 その後、Bからの電話連絡が途絶えていたところ、平成六年四月ころになり、Bから電話で、コウベイセイコウをこのまま放っておいたら大変なことになるといわれ、さらに、後日、Bの後任であるC(以下「C」という。)から、原告の購入した証券がワラントであり、ハイリスク・ハイリターンの商品であり、権利行使期間を過ぎると無価値になること等の説明を受け、初めて、右証券が極めて危険で投機色の強いものであることがわかった。

5 現在では本件ワラントは無価値となっている。

(被告)

1 原告の一任売買の主張は全く異なる。取引が開始された平成二年九月ころ、原告からBに対し、「NTTの株式購入を考えている。」との連絡があり、ファックスにより、原告が被告で取引をしてくれるものと思い、原告を訪問した。訪問時、Bは、原告に対し、「今はNTTよりも青木建設の転換社債の方が有利である。」と説明し、原告も納得して一〇〇万円で右転換社債を購入した。

2 本件ワラント購入の経緯は次のとおりである。Bは、原告購入のアクティブ225(投資信託の一種)の値動きが思わしくなかったため、本件ワラントの購入を原告に勧めた。その際、Bは、原告に対し、ワラントの性質(新株引受権という権利の売買であること等)、危険性(行使価格と現在の株価との差により価格が変動しハイリスク・ハイリターンであること、権利行使期限がありそれを過ぎると無価値になること等)について説明するとともに、本件ワラントの権利行使価格、権利行使期限を伝えた。特に、ハイリスク・ハイリターンであることについては、具体的数字を示して説明した。原告は、これらを納得した上で、本件ワラントの購入を決めたのであり、ワラント取引の確認書にも署名、押印した。原告は、会社の役員たる地位にある者であり、そのような者が何も分からずに右確認書に署名、押印するとは考えられず、ワラント取引につき何も知らなかったということは有り得ない。

四  取引の違法性についての当事者の主張

(原告)

Bが原告に本件ワラントを購入させた際、①ワラントには行使期限があること、②行使期限を過ぎるとワラントは無価値になること、③株式とは比較にならない程ワラントの価格は変動すること等基本的説明を行わなかったものであり、説明・確認義務違反がある。また、ワラントの意義さえ知らない投資経験の殆どない原告に購入させることは、適合性の原則にも反し、これらは合わさって不法行為を構成する。

(被告)

Bは、原告にワラントの基本的事項の説明をしており、原告はこれを納得して購入したものであり、その余の原告の主張も争う。

第三当裁判所の判断

一  ワラントの意義・リスク等について

証拠(乙二、証人B)によると、次の事実を認めることができる。

1  ワラントとは、一定期間内に一定の価格で一定の数量の新株式を買い取ることができる権利が付与された証券であり、新株引受権付社債(ワラント債)の発行後に、ワラントと社債券に分離された場合のワラントの部分を指す。

2①  ワラントは、その商品の性格や特徴が株式、債券、信託等一般の有価証券とは極めて異なっており、ワラントの取引に当たっては、資力、投資経験及び投資目的を十分考慮して行うべきであり、ことに、次のような点には特に留意すべきであるといわれている。

(1) ワラントは、期限付の商品であり、権利行使期間が終了したとき価値を失う。したがって、ワラントを買い付けた場合、所定の行使期間内にそのまま売却するか、新株引受権を行使して発行会社の株式を取得するかの選択をする必要がある。

(2) ワラントの価格は理論上、株価に変動するが、その変動率は株式に比べて大きく、したがって、株式売買よりも小額の資金で株式売買と同等以上の投資効果を上げることが可能であるが、反面、値下がりも激しく、場合によっては投資金額の全額を失うことになる。

②  このように、ワラントはハイリスク・ハイリターンの商品であり、投資金額の全額を失う危険性があるため、投資する場合には、その商品の仕組みや危険性につき十分な研究を行うとともに資力、投資経験及び投資目的に照らして適切と判断する場合のみ、自己の責任において行うことが肝要であるとされている。

二  原告の投資経歴、本件取引前後の被告との取引等

証拠(甲一、二、証人B、同D、原告本人)によると、次の事実を認めることができる。

1  原告(昭和二四年○月○日生)は、高卒で、母親が代表者をしている××工業所の役員であり、妻が事務職を原告が営業を担当している。本件取引に連なる被告との取引以前には、一〇年ないし二〇年位前に野村證券で一回取引したことがある。原告にとり、ワラントの取引は、本件が初めてであった。

被告との取引が始まってからは、野村證券と一回取引がある。

2  本件取引前の被告との取引は、平成二年九月一一日ころ、被告からのファックスによる株式情報に興味を覚えた原告が、被告の担当者Bに株式取引を依頼したことから始まった。

① 原告は、同月一四日ころ、一〇〇万円をBに交付して取引を依頼し、Bは、青木建設の転換社債を勧めたので、原告は右金員でその買付を依頼し、以後、専らBの勧めにより、事前ないし事後承諾の形で、丸井の転換社債、MI、リケンの転換社債、佐藤工業の転換社債等株式に限らず転換社債等を短期で次々と売買してきた。その間、原告は前記の一〇〇万円以外にはBに金銭を交付しておらず、いわば一〇〇万円を転がす形で運用がなされてきた。原告は、各取引に際して、Bにいちいち商品の内容を質問したりすることなく、Bの勧誘するとおりしてきた。

② 平成三年三月に買い付けたアクティブ225(投資信託の一種)の値動きが思わしくなった。平成三年六月一四日、Bは、これを売り付け、本件ワラントを買い付けた。

3  原告は、平成六年四月ころ、転勤直前のBから、本件ワラントをこのまま放っておくと大変なことになるとの電話連絡を受けた。その後まもなく、原告は別の担当者であるCの訪問を受けて説明を聞き、ワラントが、ハイリスク・ハイリターンの商品で、本件ワラントは価値がもう殆ど無いと認識するに至り、現に無価値となっている。

三  説明・確認義務違反の有無

1  有価証券の取引において、自己責任の原則が存在するのは当然のことである。しかしながら、ワラントの性格・意義等が前記一記載のとおりであり、株式、債券、投資信託等一般の有価証券とは際立って異なった複雑で危険性の高い商品であることから、証券会社は、信義則上、ワラントを投資勧誘する際には、当該投資家がワラントに精通している等の場合を除いて、投資家の意思の形成に当たってワラントに関する性格・意義のうち重要な部分を説明する義務があるというべきである。そして、具体的には、前記一記載の概要は少なくとも右説明義務の内容となるべきであり、さらに当該取引の内容に及ぶべきである。

2  そこで、こうした見地から、本件において、右説明義務の違反があったかどうかについて検討する。

① 証人Bの証言中には、(1) 当時、所有していたアクティブ225(投資信託の一種)が値下がりしていたので、原告の損を回復させたく、平成三年六月一四日、原告に電話し、本件ワラントの購入を勧誘した、(2) その際、原告に説明すると「何やそれ」というので、ワラントの一般的な内容を説明し、本件ワラントの銘柄を挙げた、(3) 値上がりするときは、見返りが大きく、急落する危険もある、ハイリスク・ハイリターンの商品であること、(4) ワラントには権利行使価格があり、権利を行使するには、新たな資金が必要であること、(5) 権利行使期間内に行使価格が株価を上回ることがなかったら価値がなくなる、例えば、時価一〇〇〇円の株式があり、行使価格が七〇〇円であり、七〇〇円で一〇〇〇円の株を買える権利があれば誰でも買ってみたいはずである、そういう商品は必ず値上がりする、逆に、七〇〇円の株を買う権利があって株価が六〇〇円であったらそんな権利は誰も買わないだろう、ワラントとはそういう商品である旨をそれぞれ説明した、(6) 本件取引の勧誘に要した電話の時間は五分位であった、(7) 電話の最後で、原告に対し、ワラントの説明書と確認書を送付する旨を告げた、(8) その後、Bは、事務の者に右書面の原告への送付を依頼した、以上の趣旨の供述部分がある。

しかしながら、何らかの説明はあったものと認められるが、わずか五分位の電話による会話の中で、しかも、それまでの株式や転換社債等の取引においては、Bの説明ないし報告も、事前ないし事後にごく簡単になされていたに過ぎなかった経緯からすると、右のような詳細な事項を、ワラントのことを初めて聞く原告が理解できるように説明しえたのか、大きな疑問が残る。また、右の説明の中には、原告にとり、直ちに理解が困難ではないかと思われる部分(例を挙げた部分)もあり、これにより原告がワラントの重要部分を理解しえたのかにも疑問があり、右証言をそのまま採用することはできない。

原告本人尋問の結果中には、Bからは、単に、神戸製鋼を買ったとの説明があっただけで、原告はそれを了承したものの、それがワラントであるとか、ハイリスク・ハイリターンの商品であるとか、行使期間があるとか、行使期間を過ぎると価値がゼロになるとか一切の説明がなかった旨の供述部分が存在する。それ程に説明がなかったのか、やや疑問もあるが、原告の投資経歴が前記二1で認定程度であることに照らすと、平成三年六月一四日、原告が本件ワラントの買付の指示を出したとされる際には本件ワラントについて十分な説明義務の履行がなかったと推認すべきである。

② ところで、被告は、原告に対し、ワラントについての説明書を交付し、確認書を徴したと主張し、これを原告が納得したことの事情として主張している。

たしかに、印影が原告のものであることに争いのない乙第一号証(国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書)が存在し、右書面の真正な成立が推定されるから、特段の事情のない限り、原告は、乙一記載通り、前記一で認定した内容の記載のある乙第二号証(国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書)を確認し、自己の判断と責任において本件取引を行うことを確認したものと推定される。

しかしながら、前記B証言によれば、乙一は、買付の了承を得た当日に被告の高松支店から発送されているので、翌日以降に原告の手元に到達したと想定される。そうすると、乙一中の「平成三年六月一四日」との記載は正しくなく、証人Eの証言中にあるように、原告の妻が、原告の意思に基づかないで、Bの指示でそのように書いたもので、その他の部分も同様である可能性を否定できない。そうとすると、乙二が原告の手元に渡っていたかどうかも疑問である。

仮に、乙二が原告の手元に渡ったとしても、それは、原告が本件ワラント買付の指示をした当日の後であるから、その意思決定のための情報たり得なかったことも明白であり、原告において損害拡大を防止すべき措置をとるかどうかの問題が残るとしても、説明義務履行の事情とはなりえない。

3  したがって、本件取引におけるBの勧誘は、国内ワラントを勧誘するについての説明義務に違反したものというべきであり、被告は、違法な勧誘により本件取引を行い、その結果原告が被った損害を賠償すべきである。

四  証拠(甲一、二、証人B、原告本人)及び弁論の全趣旨によると、原告は、本件取引により、購入代金相当額九六万円の損害を被ったものと認められる。

しかし、前記争いのない事実等及び一ないし三で認定の事実によると、原告においても、自分で依頼した取引であるのに、自ら関心を持って研究したり、担当者に積極的に質問する等取引内容を正確に把握する努力を殆どせず、担当者に依存する傾向が極めて強かったもので、これが、担当者による前記説明義務違反を誘発・助長したものといえる。この点、投資家として落ち度があったものというべきであり、その他諸般の事情を考慮して、過失相殺として損害額の五〇パーセントを滅殺し、原告の損害額は、四八万円とするのが相当である。

本件訴訟と相当因果関係のある弁護士費用としては、前記認容額、事件の難易度等から四万八〇〇〇円をもって相当と認める。

なお、遅延損害金の起算日については、権利行使期間(平成七年六月一六日)の経過により損害額が確定したものとして、平成七年六月一七日とすべきである。

五  以上のとおりであるから、原告の請求は、右の範囲で理由があるから、五二万八〇〇〇円(附帯請求は平成七年六月一七日から)の限度で認容し、その余は棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 和食俊朗)

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